規格はボルトが油つきで届くと書き、その量については何も書かない

メーカー指定の締付トルクを、潤滑したねじではどれだけ補正すべきか。そう尋ねた人が、自分の前提を正直に書き添えていた。あの数値は乾いたねじ向けのはずだ、組立工場に油やグリースは無いのだから、と。一方で、何も取り決めが無いとき標準ボルトとは何なのかを定めることだけを仕事にしている ISO 規格がある。そこにはボルトがどんな状態で手元に届くかを述べた一文があり、その一文は乾いていない。

一般要求の節の最後の一文。1986 年版と 2005 年版で一字一句同じである。 「Bolts, screws, studs and nuts shall be delivered in a clean condition and lightly oiled, if no other conditions have been agreed.」 ボルト、ねじ、植込みボルト及びナットは、他に取り決めが無い限り、 清浄かつ薄く油を引いた状態で引き渡さなければならない。

本稿は締付けの助言も、トルクの補正係数も、潤滑の推奨も示さない。 一つの文書が何を書き、何を書いていないかを報告するだけである。 問いは公開されている工学の質問サイトの公開インターフェース経由で得た。 本サイトが通常用いるブラウザ側の道具は、この回も接続できないままである。 設問本体のみを読み、回答は一切読んでいない。利用者名も書かない。

ボルトとは何かを述べる文書

ISO 8992 の表題は「ファスナー:ボルト、ねじ、植込みボルト及びナットの一般要求事項」である。 現行は第二版、日付は 2005 年 4 月 15 日で、1986 年 12 月 1 日の第一版を置き換えた。 どちらも短い。どちらも無料のプレビューがあり、しかもそのプレビューが技術内容の全体を含んでいる。 技術内容そのものが一頁ほどしか無いからである。

適用範囲の一文が形をよく表している。この規格は標準化されたファスナーの一般要求事項を定め、 「公差、機械的及び性能上の特性、幾何学的特徴、表面不連続、表面処理、品質面に関する 関連国際規格と併せて用いることを意図している」。 主たる役割が他の文書を指し示すことにある文書だ、ということである。

本サイトの数え方では、2005 年版第 2 節の引用一覧には番号付きの項目が 40、 異なる ISO 文書としては 27 件が並ぶ。1986 年版の一覧は 7 件だった。 要求事項そのものはほとんど動いていない。 本サイトが数えた語数は、2005 年版が約 233 語、1986 年版が約 231 語である。 参照先は四倍近くに増え、自分で述べる分量は一語も増えていない。

五つの要素、うち一つは後から加わった

第 4 節は、標準化されたボルト、ねじ、植込みボルト及びナットは次の要素によって定義される、 と書き出して列挙する。2005 年版では五つある。

  • 機械的性質。強度区分と材料として示される
  • 製品等級。公差として示される
  • 標準化された幾何学的特徴。あればの話である
  • 表面被覆。要求があればの話である
  • 特別要求事項。取り決めがあればの話である

1986 年版では四つだった。幾何学的特徴の行は存在せず、 最初の行は単に「機械的性質(材料)」で、強度区分への言及は無い。 五つのうち三つに条件が付き、無条件なのは最初の二つだけである。 被覆の指定も特別要求も無いファスナーが、それでも完全に定義された製品である。 そのことを短く言い切った書き方だといえる。

一覧の公差の側は ISO 4759-1 の領分であり、製品等級が何を約束し何を約束しないかは 本サイトで別途整理した(英文)。 ここで押さえるのは一点だけで、ISO 8992 はそれを必ず手に入る二つのうちの一つに数えている。

油についての一文

この節は二つの既定で終わる。一つは表面処理、もう一つは引渡し状態である。 表面処理の既定は、何も取り決めが無いことを前提とする。 「表面被覆の取り決めが無い限り、製品の表面状態は、鋼製品については加工したままとし、 ステンレス鋼又は非鉄金属製の製品については素地とする。」

続く最後の一文が引渡し状態を定める。本稿冒頭に引いたとおり、清浄、薄く油を引いた状態、 他に取り決めが無ければ。ここは正確に切り分けておきたい。 これは標準化されたファスナーがどんな状態で出ていくべきかについての記述である。 どの整備マニュアルが、どのトルク表が、どの組立指示が、 書かれた当時に何を前提していたかについての記述ではない。 それらは著者も違う別の文書であり、この規格はそれらを代弁しない。

ただし設問にあった前提は、まさにファスナー自体についてのものだった。 工場に油が無いのだから乾いているはずだ、と。 そのファスナーの側について、規格は逆のことを書いている。 誰も何も要求しなかったときに得られる状態が、油の引かれた状態なのである。

この規格に入っていないもの

潤滑された既定を置いておきながら、この文書はそれを特徴づけることを拒む。 2005 年版プレビュー全文について本サイトが語を数えた結果は次のとおりである。

  • friction(摩擦):0 回
  • lubricant/lubricated/lubrication(潤滑):0 回
  • coefficient(係数):0 回
  • dry(乾いた):0 回
  • oil(油):1 回。上に引いた一文である
  • torque(トルク):2 回。いずれも他の規格の表題の中である。一つはねじり試験、もう一つはプリベリングトルク形ナットの規格で、要求事項の本文には一度も現れない。1986 年版にはこの語が一度も出てこない

油種の指定も、量も、粘度も、被覆率も、その試験方法も、そこから得られる係数も無い。 一文の重みは lightly という副詞ひとつに掛かっている。 したがってこの規格は、乾いているという前提がここには根拠を持たないことを示すには足りるが、 その前提に代わる数値を与えるには足りない。この二つは別の話で、 訂正にあたるのは前者だけである。

表面処理が摩擦をどこまで動かすかは、別に文書のある実在の問いであり、そちらでは 塗ったものが、公表値がそもそも何に対して測られたのかを変えてしまう(英文)。 ISO 8992 はその領域に踏み込まない。引渡し状態を定めて、そこで止まる。

削除された黒い既定

二つの版の違いが目に見えるのは、表面処理の既定である。 1986 年版のその条は二つではなく三つあった。

  • 「焼入焼戻しをしていない鋼製品は、加工したまま」
  • 「焼入焼戻しをした鋼製品は、一般に黒染め」
  • 「ステンレス鋼又は非鉄金属製の製品は、素地」

2005 年版は前の二つを「鋼製品は加工したまま」に統合し、 黒染めの行を丸ごと落とした。 焼入焼戻しをした鋼製ファスナー、つまり強度区分のうち熱処理された側は、 かつて一般要求事項の中に黒という既定を持っていた。今は持たない。 代わりに何かが置かれたわけでもなく、その区分から色が消えただけである。

規則ではなく既定の変更なので、どこかで告知される必要はそもそも無い。 まえがきに残っているのは一行だけで、第二版は 「第一版(ISO 8992:1986)を取り消し、これに置き換える。第一版は技術的に改正された」。 黒染め自体が何を規定され何を規定されていないかは、 本サイトが被覆規格の側から追った。 そちらの規格もまた、黒さを定義していない。

ばりと、規格が動かさない一行

第 4 節の中ほどは表面についてで、規格としては珍しく緩い。 製品は表面と縁が健全で、用いた製造方法に見合う範囲でばりが無いこと、そして 「溝加工などの作業により生じた、あるいは鍛造、プレス、トリミングにより生じた小さなばりは、 一般に除去を要求されない。」 製品の性能に影響するばり、又は取扱い時に安全上の危険となるばりだけが、除去を要する。

一箇所だけ絶対で、その一文は両版で一字一句同じである。 「ボルト及びねじの座面を越えるトリミングばりは、許されない。」 他の場所での判定基準は、そのばりが問題になるかどうかである。 頭部の下では、単に許されない。荷重を継手へ送り込む面であり、 この規格が唯一交渉に応じない面である。

そのすぐ隣に、1986 年から一字も変わらずに置かれているのが、 この文書全体の姿勢を決める一文である。 「すべての情報は完成した製品に関するものである。個別規格に定めがある場合、 又は買主と供給者の間で取り決めがある場合を除き、特定の製造工程は要求されない。」 ファスナーを定義する文書が、ファスナーの作り方については語ることを拒んでいる。

表が覆わなくなった欄

第 3 節は、材料別にどの規格が何を担当するかを示す表である。 記録に値する変更が二つある。

1986 年版の表は「Dimensions(寸法)」という行から始まり、 その内容は「製品規格による。」の一文だけだった。 2005 年版ではその行が消え、代わりに「幾何学的特徴」が入り、 ねじ、駆動部、部品の端部、皿頭、その他の五つの小行に分かれて、 どの欄にも実際の文書番号が並んでいる。道しるべが一覧になった。

二つ目の変更は向きが逆である。 1986 年版では表面不連続の行が三つの材料欄すべてにまたがっていた。 炭素鋼と合金鋼も、ステンレス鋼も、非鉄金属も等しく ISO 6157 の三部で覆われていた。 2005 年版の同じ行では、ステンレス鋼と非鉄金属の欄にそれぞれダッシュが一つ入っている。 ISO 6157 の三部は炭素鋼と合金鋼の下にしか置かれていない。 ステンレス鋼のファスナーには、公差の規格も、機械的性質の規格も、ねじの規格も、 不動態化の規格も名指しで用意されているのに、 割れ、折込み、きずについて名指しされた規格が無い。

2005 年版はさらに、タッピンねじ用の第二の表を加えている。 この種類は 1986 年版では全く扱われていなかった。

本稿が確かめたこと、確かめていないこと

  • 既定の引渡し状態は清浄かつ薄く油を引いた状態である。1986 年版と 2005 年版の双方で、他に取り決めが無い場合に限る
  • 規格は油種も量も摩擦の数値も与えない。本サイトの計数では friction が 0 回、lubricant が 0 回、coefficient が 0 回である
  • torque は 2 回現れ、いずれも他の規格の表題の中である。要求事項の本文には一度も現れない
  • ファスナーは 2005 年版では五つ、1986 年版では四つの要素で定義される。増えたのは標準化された幾何学的特徴である
  • 焼入焼戻し鋼に対する黒染めの既定は 2005 年に削除され、代わりのものは置かれなかった
  • 小さなばりは一般に残してよいが、座面を越えるトリミングばりは両版とも許されない
  • 表面不連続の担当範囲は狭まった。1986 年版の三材料すべてから、2005 年版では炭素鋼と合金鋼のみになった

問いは、潤滑したねじでどれだけ補正するか、だった。 この文書はそれに答えられないが、読むと問いの形が変わる。 その補正は、ファスナー規格が記述していない出発点から測られようとしていた。 規格が差し出すのは副詞が一つで、正直な読み手は、 薄くという語が仕様ではないことに気づかざるをえない。

トルクと軸力の試験規格は正反対の状態から始まる。 試験部品は試験前に超音波で脱脂される。 どちらも正しく、別の瞬間を述べている。

のちに読んだ基礎規格が、この語句についてまさにそう述べている。unless otherwise specified が既定値の見分けられる標識であると。

この記事は六つの手順のどれか一つには収まりません。手順をまたいで出てくるか、組み付けたあとに出てくる話です。ここに行き着く判断がどこで下されているかはねじの決め方にまとめてあります。

よくある質問

ボルトは工場出荷時に油が付いているのですか。

標準化されたファスナーの一般要求事項の規格には、他に取り決めが無い限り清浄かつ薄く油を引いた状態で引き渡す、と書かれています。この文言は 1986 年の第一版と 2005 年の第二版で一字一句同じです。既定を述べたものですので、別途取り決めた状態があればそちらが優先します。

どれくらいの量の油が要求されますか。

規定はありません。油種も、量も、粘度も、被覆率も、試験方法もなく、唯一の限定語が lightly(薄く)です。本サイトの計数では、この文書に friction は 0 回、lubricant は 0 回、coefficient は 0 回しか出てきません。

では公表されている締付トルクは乾いたねじ向けですか、油つき向けですか。

この規格はそれに答えるものではなく、答えさせようとすると誤ります。規格が定めるのは標準化されたファスナーが出ていくときの状態です。個々のトルク表が何を前提していたかは、その表とその著者に属する事柄で、この文書の事柄ではありません。

ISO 8992 とは何ですか。

ファスナー、ボルト、ねじ、植込みボルト及びナットの一般要求事項です。第二版は 2005 年 4 月 15 日付で、1986 年 12 月 1 日の第一版を置き換えました。実質は索引に近く、本サイトの計数では引用一覧に 40 項目、異なる ISO 文書として 27 件が並ぶ一方、要求事項そのものは約 233 語です。

この規格では標準化されたファスナーは何によって定義されますか。

2005 年版では五つです。機械的性質(強度区分と材料)、製品等級(公差)、標準化された幾何学的特徴(あれば)、表面被覆(要求があれば)、特別要求事項(取り決めがあれば)。1986 年版は四つで、幾何学的特徴の行が無く、強度区分という語もありませんでした。

既定の表面状態は版によって変わりましたか。

変わりました。1986 年版は三つの既定を示し、その中間が「焼入焼戻しをした鋼製品は一般に黒染め」でした。2005 年版は二つになり、黒染めの行は消えています。代わりのものは置かれていません。

ばりは残っていてよいのですか。

溝加工などの作業により生じた、あるいは鍛造、プレス、トリミングにより生じた小さなばりは、一般に除去を要求されません。製品の性能に影響するばり、又は取扱い時に安全上の危険となるばりは除去しなければなりません。両版で絶対な例が一つあり、ボルト及びねじの座面を越えるトリミングばりは許されません。

規格はファスナーの作り方を定めていますか。

いいえ、そう明記しています。すべての情報は完成した製品に関するものであり、個別規格に定めがある場合、又は買主と供給者の間で取り決めがある場合を除き、特定の製造工程は要求されません。この一文は 1986 年から変わっていません。

ステンレス鋼の表面不連続は覆われていますか。

2005 年版の表では覆われていません。ISO 6157 の三部は炭素鋼と合金鋼の下にのみ置かれ、ステンレス鋼と非鉄金属の欄にはそれぞれダッシュが入っています。1986 年版の同じ行は三つの材料すべてにまたがっていました。

参考資料

両版とも完全に取得し、第 4 節と第 3 節の表はいずれも頁画像に起こして目視で照合した。本サイトが ISO 8992 を用いるのはこれが最初である。以下は本サイトが自分で数えたものであり、規格が述べていることではない。2005 年版の引用一覧が番号付き 40 項目、異なる ISO 文書として 27 件であり、1986 年版は 7 件であったこと。第 4 節が 2005 年版で約 233 語、1986 年版で約 231 語であること。そして friction、lubricant、coefficient、dry、oil、torque の出現回数である。テキスト抽出は 1986 年版の参照表にある ISO 4042 を 4642 と読み、頁画像で 4042 であることを確認した。本稿の数値をすべて抽出文字ではなく画像から読んだのはそのためである。トルクの補正係数、潤滑の推奨、締付けの助言はいずれも示さず、油、工具、ファスナーのいかなる銘柄も挙げない。ISO 898-1 はこの規格から参照されているが本稿では読んでおらず、その数値は一つも登場しない。本稿が立てる主張は狭い。ファスナー規格は油つきという既定を置き、同じ文書はそれを定量できるものを何も与えない。問いは本サイトが通常用いる掲示板側の道具ではなく、公開されている工学の質問サイトから得た。その道具はこの回も接続できないままである。設問本体のみを読み、回答は読んでいない。利用者名も書かない。

お問い合わせ

図面に引渡し状態の記載が無くても、一般要求事項の規格は何かを述べており、 それが御社の工程の前提と一致しているとは限りません。 ファスナーの行をそのままお送りいただければ、既定でどの状態にて出荷するか、 別の状態を書面で取り決めるには何が必要かをお伝えします。

sales@tigerfasteners.com