屋内プールの上では A4 でも足りない:SUS316L ダクトのさびの 35% が塩素

2015 年、Yahoo!知恵袋に屋内プールの金属工事についての質問がありました。アルミにフッ素塗装した場合、ビス止めやボルト穴で塩素の影響は出ないか。ただ一つの回答は、どの素材でも年数がたてば塩素の影響は必ず出る、ステンレスにも穴が開くが、穴が開く原因はメーカーもわからない、というものでした。ポーランドのポズナン工科大学が 2015 年に報告した事例が、その続きを埋めてくれます。プールの真上の SUS316L ダクトは成分が規格内なのに、さびの塩素が最大 34.65%、ダクトには孔食と応力腐食割れとすき間腐食が見つかっていました。当サイトの「A2 か A4 か」の環境表にある「プール → A4」を、このページで訂正します。読了まで約 9 分。

プールの水面の上で、二本の角形金属ダクトがフランジと四本のボルトでつながれている。継ぎ目に点状の穴とさびのしみがあり、一本のボルトの横に赤い枝分かれ亀裂がある。

鋼種には誰も答えていない

質問は 2015-05-03、閲覧 416 回、回答は 1 件です。屋内プールのチャンバーボックスで、施主はステンレスの鏡面仕上げを指定しましたが、 溶接が出るため施工側は SUS316 のフッ素樹脂焼付塗装を提案しました。施主は、塗装するならアルミの焼付でもよいのではと返し、 質問者はアルミの場合にビス止め部やボルト穴へ塩素の影響が出ないかを尋ねています。

ベストアンサーは塗装業者の方で、どの素材でも年数がたてば塩素の影響は出る、ステンレスも錆び、豆粒大の穴が開くことがある、 穴が開く原因は「メーカーもわかっておりません」と書いています。回答者の経験談で、分析資料は付いていません。ステンレスがプール環境で穴が開くこと自体は以下の資料でも裏付けられますが、なぜ起きるのか、何に替えるべきかは書かれていません。

当サイトの「A2 か A4 か」の環境表には「プールとその周辺の構造 → A4」という行があります。 以下の Nürnberger と Euro Inox の二つの資料に照らすと、これが成り立つのは定期的に清掃する部材だけで、プール上部の清掃しない荷重部材と締結部品には A4 の系統は認められていません。

成分は規格内の SUS316L ダクト

Rzeszut、Szumigała、Polus は 2015 年の Technical Transactions で、観光レクリエーション施設のプールホールに付いた換気ダクトを分析しました。 ダクトはプールの真上にあります。最初にお断りすると、これは換気ダクトの事例で、締結部品の事例ではありません。 ねじのサイトで取り上げるのは、材料が A4 におおむね対応する 316 系で、損傷の一つが荷重部材を予兆なく破断させる種類だからです。

ダクト材の成分と 1.4404 の規格(Rzeszut ほか、2015、Table 1)
元素試料(%)1.4404 規格(%)
C0.03≤ 0.03
Cr16.8016.5〜18.5
Ni10.0010.0〜13.0
Mo2.352.0〜2.5

著者は材料を X2CrNiMo17-12-2(1.4404、SUS316L 相当)と判定しました。Cr と Ni は下限、C は上限ですが、どれも範囲内です。 Nürnberger の式 PRE = Cr + 3.3 Mo + 16 N で見積もると約 24.6 です(N は報告がないため 0 とした当サイトの計算)。 論文は、分析に使った結果は施工業者の提供によると書いており、著者が別に試料を取って再分析したかどうかは説明していません。

腐食生成物中の塩素(Rzeszut ほか、2015、Table 2)
採取箇所Cl(%)Fe(%)Cr(%)
124.0929.554.49
234.656.621.76
320.2527.929.43

3 か所とも塩素は 20% を超えています。分析方法は論文に書かれていません。当サイトとしては、桁の目安にとどめ、他の研究の付着物濃度とは直接比べないほうがよいと考えます。

プール上のダクトに三つの損傷

著者は目視と写真から、プール上部のダクト群に三種類の損傷を確認しています。

巨視的観察で見つかった損傷(Rzeszut ほか、2015、§2.1)
形態場所条件
孔食板面、ピンホールと微小割れ大気中の塩化物が不動態皮膜を局部的に破る。高温で加速
応力腐食割れ(SCC)板の折り目、線状に並ぶ孔食とさび冷間圧延の引張残留応力+塩化物イオン
すき間腐食継手のすき間すき間内の pH が脱不動態化 pH まで下がる
プールの水面から立ちのぼる湯気の矢印と、吊り天井とスラブの間に吊りボルトで下がる金属ダクト。上面に白い付着物があり、三つの拡大図に板面の穴と細かい亀裂、角の折れ線に沿った赤い枝分かれ亀裂、継ぎ目のすき間の腐食が描かれている。
プール上部の塩素を含む付着物がダクトにたまり、ダクトに三つの損傷が出る:板面の孔食、冷間加工の折り目の応力腐食割れ、継手のすき間腐食。Rzeszut ほか 2015 の記述にもとづく。模式図・縮尺不同。

危ないのは SCC です。著者は、割れは結晶粒の間で進み、割れるまで見つけにくいと書き、外力でも溶接・冷間圧延・深絞りの残留応力でも、 引張を受ける部材なら起こりうると注意しています。結論では、波板を使ったことも誤りに挙げています。冷間圧延の残留応力が高く、 折り目に塩化物がたまって清掃しにくいからです。

なお SCC の判定は巨視的観察によるもので、金属組織や破面の写真は載っていません。著者の結論は、プールのダクトに 1.4404 を使ったのは「inappropriate choice」だった、というものです。

いちばん厳しいのはプール上部の空気

Rzeszut らは Houska と Fritz を引いて、プール水の消毒に使う塩素系薬剤からクロラミンが生じ、空気中に出て金属表面に付着すると説明しています。 Euro Inox の 2013 年のガイドは場所をさらに具体的に挙げ、最も厳しいのはプール上部の大気、特に吊り天井の裏で、プール水に触れる場所のほうがまだ穏やかだとしています。 同じガイドは、SCC が問題になるのは大気中の部材で、水中に完全に沈んだ部材は対象外だとも書いています。

プール上部の付着物の条件
項目値出典
付着物の塩素(水道水のプール)最大 5%(質量)Nürnberger 2020、§2.2
付着物の塩素(鉱泉・塩水プール)18% / 40%Nürnberger 2020、§2.2
典型的な付着物塩素 2〜5%、pH 3〜4Euro Inox 2013、p.4
SCC を起こしうる温度26〜32 °CEuro Inox 2013、p.6
塩化カルシウム・塩化マグネシウムの潮解相対湿度 30% を少し超えた程度Nürnberger 2020、§2.2

Euro Inox のガイドによれば、1985 年にスイス・ウスターの屋内プールで天井が落ちるまで、50 °C 未満では SCC は起きないと考えられていました。 原因は SUS304 相当の 1.4301 製吊り棒の応力腐食割れです。Nürnberger は、プールの部材にかかる引張の多くは冷間加工や溶接の残留応力から来ること、 Ni が 10% 前後のオーステナイト系が SCC に最も弱いことを指摘しています。A2・A4 におおむね対応する 304 系・316 系の Ni はこの範囲にあります。

A4 で足りる場所、足りない場所

Nürnberger(2020)は、ドイツの建築認可 Z-30.3-6 と DIN EN 1993-1-4(2015)にもとづき、構造用ステンレスを耐食クラス CRC I〜V に分け、 屋内プールの大気中で使えるものを示しています。

屋内プール大気中の荷重部材と締結部品(Nürnberger 2020、Table 1)
CRC鋼種(PRE)プール上部での使用
II1.4301(18)、1.4307(18)など、A2 におおむね対応する 304 系荷重部材には不可
III1.4401(24)、1.4404(23)、1.4571(24)、1.4578(24)、A4 におおむね対応する 316 系定期清掃する部材に限る
IV1.4439(36)、1.4539(37)、二相 1.4462(34)定期清掃する部材に限る
V1.4565(43)、1.4529(42)、1.4547(45)清掃しなくても可

この表の範囲は、塩素処理した水道水を使う屋内プールで力を受ける部材と接合部です。原文では、定期的に清掃しない部材と締結部品に使えるのは CRC V、PRE 40 超の 1.4565、1.4529、1.4547 だけとされています。 Euro Inox が EN 13451-1:2011 にもとづいて挙げる清掃しない構造部材の鋼種も基本は同じ三つですが、プール水の塩化物濃度が 250 mg/l 未満なら 1.4539 も加えています。 ガイドの 3 ページには、屋内プールの吊り天井の締結部品には高合金ステンレスが必須とあります。

締結部品そのものの損傷例もあります。Nürnberger は損傷のあった屋内プール約 30 か所を調べており、写真には 13 年で孔食と SCC が出た 1.4401 の袋ナット、 2 年で SCC が出た 1.4571 の照明器具クランプが載っています。どちらも A4 におおむね対応する 316 系の鋼種です。

三つの資料で一致しない点が一つあります。Rzeszut らはポーランド版 PN-EN 1993-1-4:2007 に従い、1.4439、1.4539、1.4547、1.4529、二相 1.4462 を推奨しています。 このうち 1.4439 と 1.4462 は、ほかの二つの資料では「定期清掃」の欄にしかなく、Euro Inox は二相鋼をプール大気中の荷重部材には推奨していません。 規格の版の違いかもしれませんが、当サイトは EN 1993-1-4 の本文を読めておらず、確認できていません。当サイトとしては、安全側に厳しいほうの二つに従う読み方を勧めます。

塗装とめっきで何ができるか

知恵袋の案、SUS316 にフッ素樹脂焼付塗装、に戻ります。Euro Inox のガイド第 6 章はまさにこの点を扱っていて、 ステンレスに塗装しても防食上の上乗せはなく、塗膜がはがれると腐食しやすいすき間になる、有機塗装を理由に低い鋼種を選んではならない、としています。 すき間の中で何が起きるかはナットに隠れたねじ山の記事にあります。

もう一つは炭素鋼の亜鉛めっきです。Rzeszut らは結論で亜鉛めっきの検討を勧め、Nürnberger も、水道水の屋内プールでは亜鉛めっき鋼は安全面の問題が比較的小さく、 応力腐食割れの点ではまったく問題がないと書いています。外観と清掃性で劣るので、吊り天井の吊り金具のような見えない場所向きです。 比較は亜鉛めっきかステンレスかをご覧ください。

プール上部の締結部品を指定するときの確認順

  1. 荷重部材・安全上重要な部材か。Euro Inox の例は吊り天井、壁・天井パネル、サイン、照明器具、空調ダクトです。落ちれば人がけがをするものは、設計段階で洗い出すことを当サイトは勧めます。
  2. 定期的に清掃するか、手が届くか。Euro Inox は吊り天井の吊り棒を清掃が難しい、あるいは不可能な例に挙げており、吊り天井の裏やダクトの上もたいていこれに当たります。EN 13451-1 は点検・清掃手順の文書化を求めています(Euro Inox、p.10)。当サイトとしては、手順書を示して実際に運用できないなら、材料選定では清掃しないものとして扱うことを勧めます。
  3. 清掃しない荷重部材と締結部品:1.4565、1.4529、1.4547(Euro Inox はプール水の塩化物が 250 mg/l 未満なら 1.4539 も認めています)。見えない場所なら亜鉛めっき鋼。A4 はこの欄に入りません。
  4. 定期清掃できる部材:316 系の 1.4401、1.4404、1.4571 が使えます。清掃が実際に行われることが前提です。
  5. 引張とすき間を減らす:冷間加工の折り目や波板を避け、溶接後のテンパーカラーを除去し、塩がたまるすき間を残さない(三つの資料から当サイトが整理)。
  6. 水道水以外のプールは別扱い:鉱泉・塩水プールでは付着物の塩素が 18%、40% に達し、吸湿性の塩化カルシウム・塩化マグネシウムは乾いた室内でも潮解します。
  7. 目視だけで点検しない:SCC は破断前に表面がほとんど変わりません。安全上重要な部材は定期点検を組みます。

Euro Inox のガイドは、亜鉛の腐食速度で決める大気の腐食性区分はほかの金属を想定したもので、ステンレスの挙動を予測できるとは限らないとしています。 ステンレス表面の一般的なさびはステンレスのねじが錆びたをご覧ください。

このページから言えないこと

Rzeszut らの事例は換気ダクトで、締結部品ではありません。事例のデータは同論文の参考文献 [18] の 2011 年の鑑定報告によるもので、当サイトはその報告を入手していません。成分値は施工業者の提供、SCC は巨視的な判定で組織観察の裏付けはなく、腐食生成物の分析法も書かれていません。 締結部品の損傷例は Nürnberger の写真によるもので、件数や損傷の割合は示されていません。鋼種の一覧は Nürnberger と Euro Inox からの引用で、 EN 1993-1-4 と EN 13451-1 の本文は読めていません。Nürnberger の表は塩素処理した水道水の屋内プールで力を受ける部材と接合部に限ったもので、Euro Inox も文書は一般的な情報提供だとしており、どちらもすべてのプール水や個別の設計にそのまま広げることはできません。 A2・A4 と 304 系・316 系の対応は当サイトの「A2 か A4 か」によるもので、三つの資料は A2・A4 に触れていません。日本や台湾の基準や法令での扱いも調べていません。

プールで A4 が必ず壊れるという意味でもありません。定期清掃する部材には、どちらの資料も使用を認めています。現場の寿命に換算できる年数もここにはありません。 知恵袋の質問のアルミ部分には、このページは答えていません。

この記事は手順 1、相手材を扱います。全体の順序は相手材、ねじ、頭部、駆動部、表面処理、書類で、これを崩すと微調整ではなく手直しになる理由はねじの決め方にあります。

よくある質問

屋内プールに A4(SUS316)のねじで足りますか?

定期的に清掃するかどうかで決まります。Nürnberger 2020 がまとめたドイツの規定(Z-30.3-6 と DIN EN 1993-1-4)では、A4 におおむね対応する 316 系の 1.4401、1.4404、1.4571 は定期清掃する部材に限られ、プール上部の清掃しない荷重部材と締結部品には PRE 40 超の 1.4565、1.4529、1.4547 だけが使えます。Euro Inox が EN 13451-1 にもとづいて示す基本の一覧も同じ三つですが、プール水の塩化物が 250 mg/l 未満なら 1.4539 も加えています。

なぜプールの水中より上部のほうが腐食しやすいのですか?

クロラミンや塩分を含むミストがプール上部の金属表面に付着し、水で流されずに濃縮するためです。Euro Inox のガイドでは典型的な付着物は塩素 2〜5%、pH 3〜4 で、26〜32 °C で応力腐食割れが起こりえます。水中に完全に沈んだ部材は SCC の対象外とされています。

ステンレスに塗装すればプールでも持ちますか?

塗装を理由に鋼種を下げることはできません。Euro Inox のガイドは、ステンレスへの塗装は防食の上乗せにならず、塗膜がはがれると腐食しやすいすき間ができ、有機塗装を理由に低い鋼種を選んではならないとしています。

プールのステンレスは破断する前に見てわかりますか?

応力腐食割れはふつう見てもわかりません。Rzeszut らは割れが結晶粒の間で進み、割れるまで見つけにくいと書き、Euro Inox のガイドも表面にはほとんど腐食の跡がなく、予兆なく破断しうるとしています。安全上重要な部材は定期点検を組みます。

参考資料

三つの資料はいずれも全文を読んでいます。ダクトの成分と腐食生成物の塩素は Rzeszut ほかの Table 1・2、鋼種と CRC は Nürnberger の Table 1、付着物の条件と塗装の扱いは Euro Inox のガイドのとおりです。PRE 24.6 は論文の成分から当サイトが計算した値です(N は報告なしのため 0)。EN 1993-1-4 と EN 13451-1 の本文は読めていません。

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屋内プールの上部に使う締結部品は、荷重を受けるか、定期清掃するか、プール水の種類、必要な鋼種を引合いに書いてください。供給できるかどうかをその条件でお答えします。

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