頭の下にある塗膜:振幅 0.2 mm の軸直角振動で、塗装なしの座面は緩まず、15 µm のラッカーを塗った M4 は緩み続けた
2003 年、ねじJAPAN の旧掲示板に、ねじユーザー企業の技術者が質問を投稿しました。ボルトのゆるみの原因として塗装の要因を調べており、塗膜厚さ、塗膜陥没、摩擦係数の変化、塗装状態について教えてほしいという内容です。2013 年、神奈川大学の実験がその一部に答えています。M4 トラス小ねじをラッカー塗装した鋼板の座面に締めて軸直角振動を与えると、振幅 0.2 mm では塗装なしの座面が 750 N・1000 N のどちらでも緩まず、15 µm の塗膜は 2 条件とも大きく緩みました。著者自身が、実験数の少ない初期的な実験だと書いています。読了まで約 8 分。
2003 年の質問
質問は 2003 年 12 月 11 日付で、投稿者名は「ねじユーザー企業(技術者)」です。ボルトのゆるみの原因のうち塗装(塗膜)の要因を調べていて、 「塗膜厚さ」「塗膜陥没」「摩擦係数の変化」「塗装状態」について尋ねています。
12 月 16 日に回答が 1 件付きました。原則としてねじ締結体の接合面の塗装は避けるべきで、鉄道車両のねじの事故原因が接合面の塗装だったという JR 総研の報告がある、という内容です(当サイトはこの報告を読めていません)。そのうえで、体裁のための塗装なら締付け後に塗る、 耐食が目的ならめっきかステンレス鋼製のファスナーにする、塗膜の多少の損傷が許されるなら数回増し締めすればある程度ゆるみを避けられるかもしれない、と勧めています。
回答は方向を示していますが、数値はありません。質問にあった膜厚と摩擦係数の一部を、約 10 年後(2013 年 9 月)に試験台で測った報告があります。
試験の条件
熊倉進・枝並隆太・細川修二の 4 ページの講演論文(日本機械学会 2013 年度年次大会)は、潤滑剤と塗膜の二つを扱っています。 トラス小ねじを選んだのは、頭部外形が大きくゆるみにくいとされ、意匠性もよいため塗装を伴う箇所に使われることがある一方で、 そのゆるみ止め性能の可否は不明だからです。序論では、塗膜の潰れによるゆるみの事故報告例があることにも触れています。
| 項目 | 条件 |
|---|---|
| 小ねじ | 鉄製・クロメート処理の十字穴付きトラス小ねじ M4×20。引張試験の最大荷重 約 5,300 N |
| めねじ | 板厚 5 mm の鋼板にタップ加工 |
| 座面の相手 | 被締付け部材(振動板)は焼入れ鋼、表面研磨 |
| 塗料 | 硝化綿ラッカー(ニトロセルロースとアクリル樹脂、スプレー缶)。被締付け部材の座面部だけに塗装。1 回ごとに 30 分乾燥。鉛筆硬度 HB 相当 |
| 比較 | 座面をアセトンで洗浄し、塗装しない状態(論文の記号は Dry) |
| 試験機 | ユンカー式を改良した自作の軸直角振動ゆるみ試験機。手動型とモータ駆動の自動型の 2 台で、締結部は共通 |
| 振動変位 S | ダイヤルゲージで測り、全変位の 1/2 で表示。1 サイクル約 1〜2 秒 |
塗装したのは小ねじの頭が当たる被締付け部材の座面だけで、ねじ部には塗っていません。表題のとおり、頭部座面と被締付け部材のあいだに挟まる塗膜を見る実験です。
測っているのは締付け軸力のサイクルごとの変化で、軸力の低下が初期値の 10% を超えたら「ゆるみやすい」と呼びます。 もう一つの指標が Scr で、論文は「ゆるみの発生しない最大限界のすべり幅」と定義しています。
軸力の水準も確認しておきます。15 µm の試験は 750 N と 1,000 N、重ね塗りの試験は約 720 N で、この小ねじの引張最大荷重の 14〜19% に当たります(当サイトの計算)。 著者は 400〜1,000 N 程度でゆるみ特性を評価できるとしていますが、この水準を実際の製品の締付け軸力と比べてはいません。より高い軸力に結果を広げられるかは、この資料からは分からないことを念頭に置いてください。
15 µm:振幅 0.1 mm ではわずかな差、0.2 mm では決定的な差
1 回塗りで膜厚 δ=15 µm とし、自動型で 400 サイクル、塗装なしの座面と比べました。
| 振動変位 S | 締付け力 Fb | 塗装なし(Dry) | ラッカー(Lacq) |
|---|---|---|---|
| 0.1 mm | 1,000 N | ゆるみにくい | ゆるみにくい |
| 0.1 mm | 750 N | ゆるみにくい | わずかにゆるみが進行 |
| 0.2 mm | 1,000 N | ゆるまない | 大きくゆるむ |
| 0.2 mm | 750 N | ゆるまない | 大きくゆるむ |
本文は、Lacq はサイクルを続ければ締付け力を失うことが明らかだと書いています。図 4(b) を当サイトで読み取ると、400 サイクルで塗装した 2 条件は 約 1,100 N から約 300 N、約 750 N から約 130 N まで下がっています。塗装なしは下側の条件が図の終わりで約 600 N、上側の条件は曲線が約 310 サイクルまでしかなく、その時点で約 950 N です。図からの概略値で、本文に数値はありません。
振幅 0.1 mm だけを見ると 15 µm の塗膜の影響は小さく見えますが、振幅を倍にすると、塗装なしは動かず、塗膜のある座面は下がり続けます。 同じ小ねじ、同じ座面材料で、違いは塗膜 1 層だけです。質問の「塗装状態」に最も直接答えているのはこの比較です。
35 µm・70 µm の重ね塗り:緩み始める振幅が下がる
次に δ=35 µm と 70 µm まで重ね塗りし、手動型で、約 720 N、各条件 100 サイクルの試験を行っています。
| 膜厚 δ | 論文の Scr | S=0.2 mm・100 サイクルの軸力(当サイトの読み取り) |
|---|---|---|
| 35 µm | 0.15 mm | 約 380 N |
| 70 µm | 0.1 mm | 約 95 N。本文「ゆるみの進行が早急でかつ完全なゆるみに至る」 |
この二つの膜厚では、70 µm のほうが緩み始める振幅が小さく、0.2 mm での緩み方も徹底していました。著者の説明はこうです。塗膜は締付けの面圧で押し潰され、その量は膜厚に比例する。 振動変位の繰返しで塗膜面がすべってはく離し、それが大きなゆるみの原因になる。だから、はく離量の多い 70 µm のほうが 35 µm より大きく緩む。 試験前後の塗膜面を比べると、試験後には完全なはく離が確認されています。
Scr の読み方には注意が要ります。定義は「ゆるみの発生しない最大限界のすべり幅」ですが、図 5 では 35 µm の S=0.15 mm で軸力が約 720 N から約 480 N に、 70 µm の S=0.1 mm で約 570 N に下がっていて、どちらも論文自身の 10% の基準を超えています。潤滑剤の節でも、CRC の Scr を 0.1 mm としながら、S=0.1 mm 以上では 約 100 サイクルで 50% 以上低下したと書いています。図と合う読み方は「緩みが出始めた最初の試験段階」で、緩まない上限はその一つ手前の段階とのあいだにあります。 35 µm なら 0.1〜0.15 mm、70 µm なら 0.05〜0.1 mm です。
もう一点、この重ね塗りの試験には同じ図の中に塗装なしの比較がありません。手動型での塗装なしのデータは §3.1 の一文、700 N・S=0.05 mm と 0.1 mm でゆるみが出なかったという記述だけです。 15 µm は別の試験機・別の軸力で行っています。三つの膜厚のあいだで比べられるのは傾向で、何倍という比ではありません。
トルク係数:二つの測定は向きが逆
質問にあった「摩擦係数の変化」について、論文には二組の数値がありますが、向きがそろっていません。15 µm の節で、著者は「参考までに」として塗装なしとラッカーのトルク係数 K を挙げています。
| 組 | 塗装なし K | ラッカー K | 高いほう |
|---|---|---|---|
| 図 4(a)、S=0.1 mm | 0.257 | 0.343 以上 | ラッカー |
| 図 4(b)、S=0.2 mm | 0.326 | 0.264 | 塗装なし |
同じ塗料・同じ膜厚で、一方の組では塗膜のほうが K が高く、もう一方では低くなっています。塗装なし同士でも二組で 1.27 倍(0.326 と 0.257、当サイトの計算)違います。 どの軸力で何回測った値かは書かれておらず、著者は「K の大小とゆるみの関係は明らかになっていない」と結んでいます。
したがって、この資料から「塗装すると摩擦係数は上がるのか下がるのか」は答えられません。二組とも塗膜のほうが緩みやすかったのに、K は一度は高く一度は低い。 少なくともこの二組の数値では、緩みやすさと K の大小は対応していません。著者は相違を座面の摩擦状態に帰し、重ね塗りの節で塗膜の潰れとはく離を加えていますが、 どちらも単独の測定で確かめられてはいません。
K には現場での意味もあります(以下は当サイトの補足で、この論文の内容ではありません)。トルク法で締める場合、同じトルクで得られる軸力は K に左右されます。この二組では塗膜と塗装なしで異なる K が測られましたが向きは逆で、塗膜が K を一定に上げる、あるいは下げるとは言えません。 トルク値が前提とする摩擦条件については一つのトルク値は、ある摩擦条件の組を前提にしていますで扱いました。座面の塗膜はその前提を崩す場合の一つになりうると当サイトは考えていますが、この論文が直接確かめたことではありません。
どちらのゆるみなのか
当サイトのねじが緩む理由では、「緩んだ」を二つに分けました。軸直角方向の変位でねじが戻り回転するものと、 ねじは回っていないのに、へたりやクリープで継手が縮み、締付け力が失われるものです。へたり量は絶対的な距離なので、小さいねじほど失う軸力の割合が大きい、という点もそこで書きました。
当サイトの見方では、座面の塗膜は両方に関わりえます。論文自体はこの二つに分類していません。面圧で塗膜が潰れる量は膜厚に比例し(論文)、これは後者の原因になりえます。試験は軸直角振動で、すべりが塗膜をはがしており(論文)、これは前者を起こす条件と同じです。 ただしこの実験が記録したのは軸力だけで、ねじの戻り回転角は測っていません。軸力の低下のうち、戻り回転による分と、塗膜が薄くなりはがれて継手が縮んだ分を分けることはできません。 当サイトの推測ですが、M4 は軸力をためる弾性伸びがもともと小さいので、数十 µm の塗膜が失われる影響はこの寸法では小さくないはずです。ただし論文はその割合を計算しておらず、当サイトも代わりに計算はしません。
頭部形状と座面の面圧の関係はねじの頭を選ぶで、塗膜を含む「柔らかい層」と締付け順序の関係はなぜ順序どおりに締めるのかで触れています。
現場での判断手順
設計と現場向けの順序です。2 と 3 の主な勧めは 2003 年の回答、4 の「膜厚に注意」は論文著者の注意から取りました。それ以外、つまり座面のマスキング、現場での膜厚検査、合いマーク、実部品での試験、この資料でトルクを変えないことは、当サイトが二つの資料から整理した工程上の提案で、どちらの資料も検証していません。
- 塗膜が座面にあるかを確かめます。 見るのは、頭部・座金・ナットの下の輪の範囲と、被締付け部材どうしが接する面です。周囲にだけ塗られて座面にかかっていなければ、この実験の状況には当たりません。
- 体裁のための塗装なら、締付け後に塗ります。 回答の最初の勧めです。締め終えた頭の上から塗れば、塗膜は座面に挟まりません。
- 防食が目的なら、ファスナー自体に防食させ、座面は塗りません。 回答はめっきかステンレス鋼製のファスナーを勧めています。被締付け部材を全面塗装する場合、当サイトとしては座面の範囲をマスキングし、図面に「座面塗装不可」と指示します。
- 塗装面に締めるしかないなら、累積膜厚を記録して管理します。 著者は、振動を伴う機器に防食目的で重ね塗りする場合は膜厚に注意すべきだとしています。重ね塗りを禁じてはいません。この実験では 70 µm のほうが 35 µm より早く、徹底的に緩みました。 論文は実験でマイクロメータを使って膜厚を測っており、当サイトとしては現場でも座面の膜厚を検査項目にすることを勧めます(抜取りや合否の基準は論文にありません)。何 µm 以下なら安全という数値は論文になく、当サイトも出しません。
- この資料で締付けトルクを変えないでください。 塗膜の K は二組で高低が逆なので、どちらの値でトルクを換算しても、逆向きに補正するおそれがあります。
- 緩んだら、まずどちらかを見分けます。 締付け時に頭と被締付け部材に合いマークを入れ、ずれているか確かめます。ずれていればねじが回っています。ずれていないのに手で緩むなら継手の縮みの可能性が高いものの、目に見えない小さな戻り回転を合いマークだけで否定することはできません。 この実験は二つを分けていません。合いマークは当サイトが勧める最初の手がかりで、どちらの資料もこの方法を検証していません。
- 増し締めは試せますが、データの裏付けはありません。 回答は、塗膜の損傷が許されるなら数回の増し締めでゆるみを減らせるかもしれないとしています。論文は増し締めも、塗膜が潰れきった後の挙動も試験していません。
- 振動が主な負荷なら、実際の塗装状態で試験します。 この実験は塗料 1 種類、寸法 1 種類です。ほかの塗料やねじでは、自分の部品で軸直角振動試験を行い、試験振幅を記録してください (「振動試験に通った」が言っていないことで、試験条件が結果の意味を決めることを書きました)。
この頁から言えないこと
著者自身が「実験数は少なく初期的な実験」と書いており、各条件の繰返し数も示されていません。試験は M4 トラス小ねじ、スプレー缶のラッカー 1 種類、焼入れ研磨鋼の座面だけで、 軸力は引張最大荷重の 14〜19% です。六角ボルト、ほかの寸法、より高い軸力にも、エポキシ・粉体・電着・焼付けなど、この実験で試していない塗装系にも広げられません。 15 µm と 35・70 µm は試験機・軸力・サイクル数が異なり、膜厚どうしの倍率は出せません。 35・70 µm で使った手動型は繰返し速度が一定でなく、座面の振動外力も測れていないため、特定の振動数・速度・外力に結果を当てはめることはできません。「読み取り」と書いた軸力は当サイトが図から読んだ概略値です。 論文の Scr は自身の定義・図と合わず、本頁は図に沿って「緩み始めた段階」と解釈しました。著者も Scr の理論的検討は次の報告に回しています。トルク係数は二組で向きが逆なので、塗膜で摩擦が増えるとも減るとも言いません。 著者の「塗膜の潰れとはく離」という説明は試験後のはく離の観察からの推論で、戻り回転角は測っておらず、回転ゆるみと軸力低下の内訳は分かりません。 2003 年の回答にある JR 総研の報告と、論文が引く自動車リコール届出の分析は、当サイトは原文を読んでいません。
この記事は六つの手順のどれか一つには収まりません。手順をまたいで出てくるか、組み付けたあとに出てくる話です。ここに行き着く判断がどこで下されているかはねじの決め方にまとめてあります。
よくある質問
頭の下の座面に塗装があると、緩みやすくなりますか?
熊倉ほか(2013)の初期的な実験では緩みやすくなりました。M4 トラス小ねじで振幅 0.2 mm の軸直角振動を与えると、塗装なしは 750 N・1000 N とも緩まず、15 µm のラッカーを塗った座面は 2 条件とも大きく緩みました。70 µm では振幅 0.1 mm から緩み、試験後に塗膜は完全にはく離していました。塗料 1 種類・寸法 1 種類、軸力は引張最大荷重の 14〜19% での結果です。
塗膜は厚いほど緩みやすいのですか?
この実験ではその傾向でした。緩み始める振幅は 35 µm で 0.15 mm、70 µm で 0.1 mm で、70 µm は 0.2 mm で急速かつ完全に緩みました。著者は、面圧で潰れる量が膜厚に比例し、振動中のはく離が大きなゆるみを招くと説明しています。安全な膜厚の数値は示されていません。
塗装するとトルク係数は上がりますか、下がりますか?
この論文からは答えられません。15 µm の 2 組は向きが逆で、一方は塗装なし 0.257・塗膜 0.343 以上、もう一方は塗装なし 0.326・塗膜 0.264 でした。著者も K の大小とゆるみの関係は明らかでないとしており、この値で締付けトルクを変えるべきではありません。
塗装品に締める場合はどうすればよいですか?
体裁のための塗装は締付け後に、防食はめっきやステンレス鋼のファスナーで行い、被締付け部材の座面はマスキングします(当サイトの提案)。塗装面に締めるしかないなら累積膜厚を記録して管理します。緩んだら合いマークで目に見える回転があったかを最初に確かめます。増し締めは 2003 年の掲示板回答の勧めで、論文は試験していません。マスキング、膜厚検査、合いマークは当サイトの提案で、資料による検証はありません。
参考資料
- 熊倉進・枝並隆太・細川修二(2013)—— 潤滑剤と塗膜が小ねじのゆるみに及ぼす影響(トラス小ねじのゆるみ特性)、日本機械学会 2013 年度年次大会講演論文集 S113013
- ねじJAPAN 旧掲示板 過去記事アーカイブ(2003-12-11)—— ボルトのゆるみと塗装の影響
- ねじが緩む理由:一つの語に、別々の二つのことが入っています
- 一つのトルク値は、ある摩擦条件の組を前提にしています
- 「振動試験に通った」が言っていないこと
- ねじの頭を選ぶ:頭の下で壊れ方は、思っているのと違います
論文の全文を当サイトで読みました。PDF のテキスト層が文字化けしているため、数値は J-STAGE の PDF 頁画像で確認しています。試験条件、K、Scr、膜厚、定性的な結果は原文のとおりです。「読み取り」とした軸力は図 4・図 5 から当サイトが読んだ概略値、14〜19% と 1.27 倍は当サイトの計算です。「現場での判断手順」は当サイトが整理した提案で、論文は検証していません。掲示板の回答にある JR 総研の報告と、論文が引く自動車リコール届出の分析は原文を読んでいません。
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